朝行に意味はあるのか

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2019/04/02より朝行をはじめます。

朝行とは簡潔に言うと「朝お寺に来てお勤めしたり掃除したり、ヘッドスパしたりしましょう」ということです。実際の内容は

8:00 お寺の掃除

8:30 お勤め

8:50 法話

9:00 お寺DE朝スパ(ヘッドスパ) 

となっています。そもそも晨朝勤行といってお寺では朝にお勤めします。それにお掃除やヘッドスパを加えたものを「朝行」と呼ばせてもらっています。朝スパは料金がかかりますがそれ以外はどなたでも参加自由でもちろんお金もいただきません。


しかし朝は忙しいという方が大半ではないですか?

特に子供さんがいらっしゃる方。

普段は仕事に行く前、保育園幼稚園に連れて行かなければならない。けれど子供さんは特に朝はマイペース。こっちの都合なんてお構いなしです。朝食も作らないとといけないし、人によってはその他の家事を朝にする方もいらっしゃるでしょう。

1分1秒と無駄にできないのが朝です。

そんな貴重な朝という時間にわざわざお寺に行って、それもお掃除したりお勤めしたりするのって意味あるんですか? 

と思われる方も多いでしょう。

その答えは「意味があるかもしれないし、ないかもしれない」です。


実は、皆さんが一般的に処方される漢方薬っていくつかの種類が混合されてできているってご存知ですか?

例えば風邪に効く漢方薬があるとします。それって5種類くらいのものが混ぜてあるんです。

1つは熱を下げる効果があるもの、もう1つは咳を止める効果があるもの、もう1つは端を止める効果があるものといったふうにです。

そういった効果・役割のあるものが大半で「主薬」と呼ばれます。

しかしその中にまったく何の効果のない薬も混ぜるそうです。

それを「補薬」と言います。

何の効果もないなら混ぜる必要なんてないと思いますよね?

しかしこの補薬がないと漢方薬は成立しないらしいのです。

他の主薬がケンカして思ったような効果が得られなかったり、逆に効きすぎて危ない薬になってしまったりといったことになるそうです。

漢方薬を漢方薬として働かせるのにこの補薬は必ず必要なのです。

お勤めなんてCDで流しておけばいいし掃除何てルンバのスイッチを押せばいい。

ヘッドスパも家まで訪問してもらえばいいとよ。

そこをわざわざお寺まで行ってみる。

やってみる。

その時間は人生の補薬となりえませんか。

そしてそもそも仏教自体が社会の補薬のような存在ではないでしょうか。

身体が病んだら病院に行けばいい。

じゃあ心が病んだらお寺に行けばいい。

悩んだり疲れたりしたらお寺に来てほしい。

昼や夜はそれこそ常時社会と繋がっていないといけない。

だから社会に繋がる前にお寺という心のホームに来て、そこから「いってきます」をしてもらいたいのです。

自分の人生全てに意味を求めなくてもいいのです。

意味なんか求めなくても本当に意味のあるものはそこにあるはずですから。

ぜひお越しくださいませ。

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