アインシュタインと仏教の出会い

スポンサーリンク


相対性理論を提唱した20世紀の天才物理学者、アインシュタイン博士が日本に来たことあることはご存知でしたか?

博士が仏教のことを知りたいということでしたので、近角常観という浄土真宗の僧侶が呼ばれ、対談が行なわれたそうです。

博士:仏様はどんな方ですか?

近角:それでは一つ、この日本に伝わる「姥捨て山」という話をしましょうか。この日本には昔、信濃と呼ばれる地域がありました。当時は食糧事情が厳しかったので、その地域では口減らしのため、一定の年齢に達した年老いた親を山に捨てなければならないという決まりがありました。

博士:それはなんと。

近角:とある一組の親子が、その決まりに従わなければならない日が来ました。泣く泣く息子は母親を背負って山へ捨てに行きました。いくつもの山を越えて、人里離れた場所へ向かいます。そしていよいよ別れの時になりました。その時です。母親は息子にこう言いました。

「お前はこんな山奥に来たことがないだろう。帰りに迷って帰れなくなるといけないから、来る時、私が道に小枝を落としておいた。もし分かれ道で迷ったら、その小枝を目印に帰るとよい。」

そういって息子に手を合わせました。その言葉を聞いて、息子は号泣しながら母親を連れて帰ったそうです。

この母親の姿こそが、仏様の姿です。

こうお話しされたそうです。

まさに今、自分が手塩にかけて育てた子どもから捨てられそうになっているのに、それでも息子を見捨てることができずに、息子の無事を考える。

そのような姿こそが仏様の姿だとおっしゃったのです。

僕らが人を助けるとき、どうしても自分の利益について考えてしまいます。

そんな自分の利益なんて1mmも考えないで助けようなんて無理です。

(最近ではビジネス本なんかには、それを逆手にとって「人を動かしたいなら、お客様が何をメリットに感じるかを考えろ!」なんてノウハウ化されているのも、なんとなく気持ち悪いのですが。)

しかし、仏様というのは損得や感情を一切抜きにして救ってくださるのです。

あの人俺にあいさつせんかったら助けんどことか、あいつ犯罪者だから助けんどことかそんなことで判断しないのです。

どんな人でも、どこにいようとも手を差し伸ばす。

自分を殺そうとする相手でさえも生かそうとするのです。

まさに100%。

これを「摂取不捨」といいます。

このお話を聞いたアインシュタイン博士は

ありがとうございます。

西洋で見いだせなかった神を、仏教で見いだすことができました。

とおっしゃったそうです。

Pocket

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。