四諦とは

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こんにちは。

頭の休息処 坊の極みのノブです。

今回もできるだけ分かりやすく仏教の言葉を説明したいと思います。

本日は「四諦」です。

四諦とはお釈迦様が説かれたとても大切な法の1つです。

一説によるとこの四諦説によって悟ったのではないかと言われています。

つまり、お釈迦様が修行をしてこの四諦という真理に気づいたことで仏になった、といわれるくらいとても重要な説です。

そもそもこの世は嘘・偽りだらけの世界、ないものですらあるかのようにみている虚妄の世界です。

そんな世界にいる我らが真実の世界で生きていくための道をお釈迦様は説いて下さったのです。

その真実の世界で生きていくための道が四諦です。

つまり4つの方法を行なっていけば真実の世界で出会える、悟ることが出来るというのです。

「諦」とはあきらめではなく、「物事の本質を明らかにすること」とか「真理」といった意味ですので「4つの真理」という意味になります。

その4つの真理とは

・苦諦

・集諦

・滅諦

・道諦

になります。

苦諦

まずはこの我々のいる世界は苦しみの世界だということに気づくことです。

具体的には「四苦八苦」ということになりますが、また次の機会に説明しますね。

集諦

そして次に大事なことは

この世界が苦しい世界だ、ということではなく

世界というものに自分が苦しんでいるんだということに気づくのです。

つまり、受動的に苦しめられているんじゃない。

自我が、自分の煩悩が苦しみをむしろ集めてきているんだという気づきが集諦です。

苦というものがあります。

けれどほっておけばいいのにわざわざ自分で集めてきてしまっているよってことです。

滅諦

苦しみを集めてくるのが自我、煩悩であると分かったならば、そこからまぬがれることができます。それを滅諦といいます。

何事も原因が分かれば対処できますね。

しかし滅といってもそれは、苦しみを消滅させるのはとても難しいことです。

また消滅させたとしても、再び苦がやってきたら、また苦しまなければなりません。

道諦

根本的に苦しみがなくなるということは、苦しみを消滅させず生かしておくということです。

つまり、苦しみを置いたままコントロールするということでしょうか。

その苦しみを生かしていく道が道諦です。

私がこの四諦で特に感じるのは

「この世の苦しみは自分で集めてきている」

という自覚の重要さです。

私たちは嫌なことがあったり失敗すると、その原因を外に求めます。

僕は整理整頓なんて苦手で、使ったものはなんとなく置くのですぐに物をなくします。また朝急いでいるときに携帯がない、財布がないやらで大騒ぎします。

そのときの一言はいつもこうです。

「ねえ、俺の携帯どこやった??」

いやいやお前だろ、と自分で自分をつっこみますよ。携帯が見つかった後には(笑)。

またあなたの周りにも「ザ・他人のせい人間」いませんか?

なにがあっても親のせい、恋人のせい、友達のせい。

愚痴ばっかりで、改善しようと自分がなにかアクションをおこしたりしようとしない。

そういう人はどんどん人が離れていきますよね。

そうするとますます他人のせいが加速する。

で、僕の経験上「ザ・他人のせい人間」はごめんなさいが言えない人が多いですね(笑)。

あなたは大丈夫ですか?

依存的な「ザ・他人のせい人間」になっていないですか?

まあそこまでじゃないにしても、大なり小なり誰しもあることです。

世界のせいじゃない、自分のせいなんだ。

この気づきは本質的に重要で、だからといってこの気づきによって世界のせいにしなくなるかと言うとそうでもないのですが、気づきそのものが最近大事な気がしています。

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