警戒する仏教

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こんにちは。

頭の休息処 坊の極みのノブです!

この前ふと妻が自分の職場の愚痴をこぼしました。

それは

「職場が絶対就業時間の17:30にあがらないといけなくなった。」

というもの。

まあいわゆる「働き方改革」とでもいうんでしょうか。

高度経済成長期には残業が当たり前、自分が社会人になったころも21時に帰れればよかった方でした。

しかし就業時間にあがることを強制するものもおかしい話ですね。

また聞いているとその時間までに仕事が終わらずに、それで上司からは厳しく言われ逆に苦しんでいる職員もいるとのこと。

こんな話自営業にはほとんど無縁で、熱中して徹夜で励んだりしても文句言う人もいなければ、法的に裁かれることもない。だからといって僕はすべてハッピーとも思わないんですけどね。

まあそれはおいといて、こういう働き方なんかに関する制度は我々の生活に直結しているので、選挙の際議題によく上がりますね。与党と野党でまったく反対の意見で戦ったりしてます。

んー時々ですね。そういう時、自分があまり頭がよくないのか、どっちの言うことももっともらしく聞こえるときがあるんです。

あー確かに。と納得する一方で、こっちの意見もわかるなあというふうに。

じゃあ、どっちが正しいのか。

選挙は結果が全てです。勝てば官軍。

また選挙に限らず、世の中多数決で物事が決まります。

しかし、多数決で決まったものが本当に正しいかどうかは別ではないですか?

17:30に強制して仕事を辞めさせるのがいいことなのか。それともそうでないのか。

お釈迦様は「五見」と言って人間には5つのものの見方の誤りがあると言います。

その一つが「有身見」です。自我にこだわる(我見)、自分の所有物にこだわる(我所見)ものの見方のことです。

結局我々は、自分にとってどっちが都合がいいのかを抜きにして物事を判断できないのです。

だから立場によって正義が変化するのです。

多数決で決まったもの、一般常識とされるもの、権力のある者の発言。

これらは本当に真実かどうか警戒しなければならないのです。気づいた時に「こんなはずじゃなかった。」とならないように。

仏教はこの娑婆世界のできごとすべてに警戒することを教えてくれるのです。

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