耳の門

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こんにちは。
頭の休息処坊の極み代表の
ノブです!

うちの次女は現在3歳なんですけど、

兄弟の中で1番の感情爆発ガールなのです。笑

まあそういう年齢なのかもですが

自分の気に入らないことがあると「ぎゃ〜〜〜〜!!」と大噴火。

今日なんてお風呂でシャンプーしてるとき

泡が目に入ったんでしょうね。

「痛い痛い〜」と叫びはじめました。

あらこれは急がないと。そうおもったお父さんがとっさに緑のふろおけで流してあげました。

「ざざざざざー、、、。!?!??!???!?」

「ピンクので流すとやったと〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

大好きなピンクのふろおけで流す予定だったそうです。汗

もうこうなったら感情爆発ガールは完全無敵状態。何を言っても入りません、聞きません。

「話しを聞きなさい!」という言葉さえ聞けない。

こうなったらもう方法は一つ。

ほっておく。

です。笑

可愛いんですけどね。大変です。

ただ子どもから教わることは最近すごく多い。

自分に問いかけてみるんです。

「じゃあ僕はちゃんと人の話しを聞くことができるのか」と。

僕なんて自分が子どもの時と比べて話しを聞けるようになったかというと、全然です。

ただ人の話しを聞いているふりだけはめちゃ上手になりましたからね!!

「聞」は「門」の中に「耳」があるという作りになっていますね。

その門は誰が開閉するかというと、自分です。

自分の都合のいい話しは聞く。しかし都合の悪い話しは聞かない。

一説によると

「コミュニケーションの中で人が話している時間は、次に自分が何を話そうかと考える時間となってしまっている」

そうです。

人の話しを聞けないということの根本には

「自分こそ正しい」

というおもいがあるんじゃないでしょうか。

親鸞聖人は歎異抄の中に

「善悪のふたつ、総じてもって存知せざるなり」

という言葉を残しておられます。

物事において、なにが善でなにが悪か。

私には全く分かりません。

という意味です。

それぞれの立場や境遇によって正義と悪は変わる。

真実なんて仏さましか分からんよ。

「自分が正しい」という囚われから少し距離を置けたら人の話しがもっと素直に聞けるかも。

それは自分が折れるとかそういう勝ち負け的な発想じゃなくてですね。

結局それが1番自分のためになる気がするんです。

本日も最後までありがとうございました。

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