愛憎違順

スポンサーリンク

こんにちは。
頭の休息処 坊の極み代表の
ノブです。

僕はあなたのこと、愛しています。

と、いきなり会って言われたら…

ひきますよね!!!!

俺言ったことあるかな、愛してるなんて。。。

覚えがないなあ。

まあ僕が愛してるさえ言えないヘタレなことは置いといて

実は仏教において「愛」

苦しみの種として扱われることが多いです。

愛することは

欲望で

執着で

悟りへの障害となるもの

なのです。

だから昔の修行僧は親から離れ、妻をめとらず、子も持たなかったんですね。

自分の子どもとお友達が屋上から落ちそうだ。

どちらか1人しか助けられそうにない。

さあどっちを助ける?

結婚するなら絶対この人と決めていた彼が

浮気をしていた。

さああなたはそれでも愛し続けられる?

これは僕がいじわるな問題を出しているのではなくて

僕らの中にある「愛」は結局自分を満たすためのものだということです。

僕は必ず自分の子どもを助けるし、

裏切った相手を今まで通りお付き合いすることはできない。

親鸞聖人は「愛憎違順」という言葉で

この自分勝手な「愛」というものを語っておられます。

「愛憎違順」

自分に「順」ずるものは「愛」するが

自分と「違」うものは「憎」む

しかし、僕は本能的にも人間が社会の中で長く生きていくためには

この「愛」はどうしても必要だとおもいます。

というか捨てれない。

こういったことまで考えると、やっぱり簡単には「愛してる」って言えないですよね〜。

(言い訳)

Pocket

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。